AI 教育研究所
(早稲田大学田中博之研究室)

AI教育研究所は、子どもたちの創造力と課題解決力、対話力を育てるために、人工知能(生成AI)を有効利用する方法を研究開発することをねらいとしています。
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 ここでは、生成AIを活用した自然言語によるノーコードプログラミングを、子どもたちが「GPTs(ChatGPTのような大規模言語モデルを活用したエージェント)」を自ら創り上げることをゴールとした新しい学習の枠組みとして提案します。理論的背景と実践モデルの両面を織り交ぜながら、今後の深化のための論点も含めて示します。

1. 理論的背景

1-1. パパートの構成主義(Constructionism)

シーモア・パパート(Papert)の構成主義によれば、学習者は「ものづくり」を通じて探究的・創造的に学習を進める。プログラミングを教材にする際、子どもたちが自ら考え、試行錯誤し、具体物を作り上げることで新たな知識やスキルを獲得していくプロセスが重要だとされてきました。
生成AIを活用したノーコード環境は、子どもたちがより自由にアイデアを形にできる「構成」のプロセスを促進します。コードを書く負担を下げ、自然言語を使ったやりとりで試行錯誤ができるため、従来のプログラミング学習よりも創造性表現力を最大限引き出すことが可能になります。

1-2. ソーシャル・コンストラクティビズム(Social Constructivism)

学習は共同体内での対話や共有を通して深まるという視点です。ノーコードであっても他の学習者や教師との対話フィードバックがあることで、子どもたちは自分のアイデアを検証し、さらに発展させることができます。生成AIを活用した対話型環境では、**「AIとの対話」「仲間との対話」**が融合し、学習共同体全体での知識構築が自然に促進されます。

1-3. メタ認知と自己調整学習

生成AIとのやりとりでは、適切な指示(プロンプト)を与え、意図した応答を得るために試行錯誤と振り返り(メタ認知)が欠かせません。どのようなプロンプトを使えば望む結果が得られるのか、なぜうまくいかないのかを子ども自身が振り返ることで、問題解決能力や批判的思考が鍛えられます。ノーコードであっても「プログラム的思考」のプロセスは失われず、むしろ自然言語でのやりとりを通して深まる可能性があります。


2. 学習目標とコンピテンシー

子どもたちが「GPT」を作り運用する学習を通じて獲得すべきスキルや態度として、以下の4つを重点的に置きます。

  1. 言語力(Language Literacy): AIに対して意図を正確に伝え、思考を文章化・言語化する力。
  2. 思考力(Problem-solving & Computational Thinking): デバッグやプロンプトの調整などを通じた論理的思考や問題解決力。
  3. 創造力(Creativity): 自由にアイデアを生み出し、AIの力を借りて具体的な形に落とし込む表現力。
  4. 倫理観・責任感(Ethical & Responsible AI): AIが生成する情報の信頼性を検証し、社会的影響を考慮する姿勢。

3. 実践モデル:Generative AI-Driven Project-Based Learning (GAPBL)

ここでは、生成AIを軸にしたプロジェクト学習のモデルとして「GAPBL(Generative AI-Driven Project-Based Learning)」を提案します。以下のステップによって学習を進めます。

ステップA. テーマ設定とチームビルディング

  1. テーマ設定

    • 子どもたちの興味・関心に合わせてテーマを複数提示し、グループごとに探究テーマを選択。例:
      • 「動物の生態を調べるバーチャル研究所を作ろう」
      • 「みんなの悩み相談を解決する『お悩みカウンセラーGPT』を作ろう」
    • テーマは学級内での課題や社会問題などに紐づけると意義が高まる。
  2. チームビルディング

    • 異なる学習スタイルを持った子どもたちが協力することで多角的な視点が得られる。
    • 役割例:プロンプトデザイナー(質問の作成)、インタラクションデザイナー(UIや物語設計)、評価・テスター(AIの出力評価と改善点提案)など。

ステップB. AIプロンプト設計と試行(Design & Prompt Engineering)

  1. プロンプトの基本構造の学習
    • ChatGPTのような大規模言語モデルに対し、目的を達成するためには「どのような指示」を与えればよいかを具体的に学ぶ。
    • 例:「あなたは○○の専門家です。△△に関して、次のような情報を出力してください。」
  2. 試行錯誤(Iterative Approach)
    • まずは簡易プロンプトでテストし、結果を確認・修正しながら徐々に複雑な指示へと発展させる。
    • 「なぜ思ったような答えが返ってこないのか?」という振り返りをグループで行い、論理や背景知識を確認する。

ステップC. GPTエージェント構築(Construction & Customization)

  1. ペルソナ設定

    • GPTを「誰のためのどんなキャラクター」にするかを決める。たとえば、動物が好きな子には「動物博士GPT」という設定。
    • 子どもたちがペルソナを創造・設定する過程で、自然言語による“仕様”が固まり、作品の世界観が明確になる。
  2. エージェントの知識基盤整備

    • 必要に応じて、エージェントに与える知識(文章やデータ)をまとめる。
    • ChatGPTプラグインや追加ドキュメントのアップロードなどを活用し、実際の教科書やWeb情報を整理しながら「どの情報が正確か」を検証するスキルを身につける。
  3. 対話フローのデザイン

    • 子どもたちが想定するユーザーとのやりとりをフローチャート化して可視化。
    • ノーコードツール(たとえば対話設計ツールやビジュアルシナリオエディタ)を使い、ドラッグ&ドロップや自然言語入力で対話の流れを作る。

ステップD. 評価・改善サイクル(Evaluation & Improvement)

  1. ユーザーテスト

    • 他のグループや保護者などをゲストユーザーとして招き、作ったGPTエージェントとの対話を試してもらう。
    • フィードバックを得ながら出力の改善点や安全性の問題を洗い出す。
  2. 改良のための再プロンプト設計

    • フィードバックを元にAIの回答が不適切であった場合や、より高度な出力が必要になった場合は、プロンプト設計を見直す。
    • 子どもたちは具体的な「改善提案」を出し合い、AIの出力の質を高めるために、自然言語指示の微調整を学ぶ。
  3. 成果発表と振り返り

    • グループごとに成果物を発表し、どのような工夫苦労があったかを共有。
    • 「どうすればよりよいGPTが作れたのか?」を全体でディスカッションし、次の学びにつなげる。

4. 期待される学習効果

  1. プログラミング的思考の涵養

    • ノーコードであっても「意図→構造化→実行→検証→修正」という一連の流れを体験するため、従来のコーディング学習で得られる「計画・デバッグ・改善」の思考回路はより自然言語ベースで養われる。
  2. 言語運用能力の向上

    • AIへ効果的に指示を伝えるために、具体的で論理的な文章を書く必要がある。これにより「書く力」「表現力」も高まる。
  3. 創造性と表現力の開花

    • ノーコードで実装のハードルが下がることで、アイデアを形にする時間が大幅に増える。ビジュアルデザインやシナリオ構成に力を注げるため、創造性と表現力の幅が広がる。
  4. AIリテラシーと倫理観の醸成

    • 子どもたちはAIが提供する情報のバイアスや不確かさに気づく機会を持ち、アテンションチェックや出典確認の手法も学ぶ。
    • 社会的影響を考慮し、誤情報や不適切な発言に対処する学習を通じて、AIを使う責任と倫理観を身につける。

5. 実装を支援する教育的・技術的ポイント

  1. 教師やメンターの役割

    • 「正解を与える」よりも、子どもたちがプロンプトを試行錯誤するのをサポートするファシリテーターとして機能する。
    • 倫理面や安全面のガイドラインを提示し、リスクを伴わない範囲で自由な創造活動を促す。
  2. 段階的な学習支援ツール

    • 入門段階では、あらかじめ用意されたテンプレートプロンプトやビジュアルシナリオエディタを使って簡単にエージェントを作れるようにする。
    • 中上級者向けには細かい設定が可能なAIプラグインやAPI呼び出しを利用し、さらなるカスタマイズができるようにする。
  3. 評価方法

    • 単純な「正答率」や「完成度」ではなく、プロセス評価(例:試行錯誤・振り返り・共同作業の質)と成果発表(他者へのインパクト、独創性、社会的意義)を重視する評価基準を設計する。
    • ポートフォリオや子どもたち自身のメタ認知レポートなどを活用し、学習の深まりを可視化する。
  4. 学習コミュニティの拡張

    • オンライン上で他校や地域コミュニティと連携し、作成したGPTエージェント同士の交流やアイデア共有を行うことで、学習機会を拡張する。
    • 大人との共創も含め、年齢を超えた学び合いを促進する仕組みを作る。

6. 今後の論点と発展の可能性

  1. 言語モデルの更新性と継続的学習

    • 生成AIは常に進化している。子どもたちのプロジェクトも継続的にアップデートできる学習設計が望ましい。
    • AIと共に「一緒に成長する」感覚を育む指導方法を検討できる。
  2. データセキュリティとプライバシー

    • 子どもが扱うデータ(個人情報など)をどこまでAIに入力するかの基準や注意点を、学校や家庭と連携して慎重に扱う必要がある。
  3. 評価と学習成果の外部活用

    • 作られたGPTエージェントを、学校行事・地域イベントで活用するなど、学習成果を外部に還元する仕組みを整えることで、実社会とのつながりを意識した学習が促進される。
  4. 学習者間のデジタル格差・ジェンダー格差の解消

    • ノーコード環境が普及しても、学習者のデジタルアクセスやリテラシー能力には差がある。誰もが参加しやすい環境づくりが不可欠。
    • プロジェクト設計段階で、ジェンダー多様性やマイノリティを含む視点を取り入れる。

7. まとめと今後の展望

  • 自然言語×ノーコード×生成AIという新しい学習環境では、子どもたちがプログラミングの専門的なコードを書かずとも、アイデアやプロジェクトを実現できる可能性が大きく開かれます。
  • 従来のプログラミング教育が重視してきた「アルゴリズムと構文」を正確に理解するアプローチから、「表現と創造」を媒介にして主体的にAIを操る学習へと移行することで、より幅広い子どもたちの参加や興味関心を引き出せるでしょう。
  • 一方で、AIを活用する上での倫理や責任、バイアスの問題など、新たな課題も顕在化しています。これらを子どもたち自身が主体的に考え、議論しながら解決していく体験こそが、未来社会で必要とされるリテラシーの基礎を養うことにつながると考えられます。

以上が、生成AIを活用した自然言語ノーコードプログラミングの学習枠組みの概要提案です。次のステップとしては、どのような題材やユースケースが教育現場で有効か, 具体的な指導法の事例, どんな段階的アセスメントツールが必要かなどを話し合うことで、より実践的なプログラムに落とし込めるでしょう。